考えてみてください。
1億円の案件が舞い込んでくる。発注者が信じて作り上げた完璧な仕様。僕ならそれを美しくデザインできる。綿密に考慮されたデータ設計、拡張性と柔軟性に優れたアーキテクチャ、シンプルで無駄のないUI。おそらく利益も普通に確保できる。「でも」と僕は思う。その仕様はトレンドからすると古びた機能。どう考えても多くの人に使われることはない。この投資は無駄に終わるな。
1000万円の案件が舞い込んでくる。発注者は自分のビジネスに情熱を持ち、これから作られるシステムに愛情を持っている有能で魅力的な人物。仕様はない。ただコンセプトがある。僕は彼とたくさんの話し合いを積み重ねてデザインをしていく。おそらく荒削りなデザインにはなるだろうけど、このシステムは世の中にとって大きな意味を持つはずだ。多くの人に受けいれられ、多くの人を助けるだろう。「でも」と僕は思う。1000万円じゃ、赤字だな。
どちらかだけ受注できるなら、皆さんはどちらを選びますか?
僕が「悩むなぁ」と言ったら、後輩に「私なら1億円ですね」と即答されて、ちょっと答えに詰まってしまいました。
で、本当は悩むまでもなく僕は1000万円の案件を選ぶんです。その瞬間は、後輩の手前「マネージャーとしては1億を選ぶときもある」とか言うべきかも、とか思っただけなんです(苦笑)。
なぜ1000万円の案件を選ぶのか。それは1000万円の案件の方が将来につながるからです。「何を作るのか」よりも「誰と、なぜ作るのか」を大事にした方がトータルのリターンは間違いなく大きい。
そして、より正確に答えるなら「1000万円の案件をやって1億円儲かる方法を考える」のです。それだけ価値のあるシステムなら出資してリターンを得ることも可能なはずです。やりたいことをやって、成功すればいい。
97アーキテクト本の1つ目は「システムの要件よりも履歴書の見栄えを優先させてはならない」というやつで、これは色んな人に「面白い」と言われました。
あなたのキャリアにとって何よりも大事なのは、「前のプロジェクトでいい仕事してくれた」と思って、あなたを推薦してくれる顧客が山ほどいる状態です。流行りの言語やらパラダイムで、優れたオブジェクトを作ったなんてことよりも何十倍、何百倍も大事なことなのです。確かに、優れた最新のトレンドやテクノロジーを知っていることは大切です。生死を分けるぐらい大切ですが、そのために顧客を犠牲にしては本末転倒です。
「あなたのキャリア」と言い切るあたりがアメリカンな感じですが、企業としても同じことが言えます。
自分がやりたいと思うことと仕事での成功は両立します。これは二兎を追うことにはなりません。そもそも1匹のウサギなんです(「羽」は食用の時なんだとか。ちょっとwikipediaあやしいけど)。
「仕事のために自分のやりたいことを曲げる」とか「自分がやりたくないことをしないために仕事を諦める」とか、あるいは「この苦しい仕事を超えると、自分は成長できる」とか。そういう考え方でいる必要はありません。こういう考え方をすると、どうしても「その問題」に捕らわれてしまう。「その問題」の提示したルールの中にはまり込んでしまう。
まずは、自分がやりたいことと仕事での成功を大事にすればいい。自分のルールをはっきりさせる。そして与えられた問題から距離を置く。そうすると折り合いが付くところが見つかるものです。
追記:
この場合で言えば、仕事の成功としては1億円の案件だし、自分のやりたい事としては魅力的な人物と世の中に意味のあることができる1000万円の案件です。ここで考えを止めてしまうと与えられた問題に捕らわれてしまう。どちらかを選ぶには「1億円を得るためだから、使われないと分かっていてもシステムでも作る」とか「自分がやりたいことだから赤字になってもやる」とか考えるしか無くなります。
でも、両方とも大事にしたいと思って問題から距離を置けば「1000万円の案件で1億円儲かる方法はないか?」と思える。もちろん、そんなに簡単に良い方法が見つかるわけじゃないけど、少なくとも「どちらかを選ばなくては」という強迫観念からは逃れることができます。
自分がナニカを選択するとき、自分の気持ちを曲げて選択肢に倒れ込む前に、本当にその選択なのか?ということを問い直すのです。そうするだけで、だいぶ気持ちが楽になります。
(なお問題に捕らわれるとか、問題から距離をおくとかについては、こちらも参照ください。『振り子のルールを壊す』)
(追記ここまで)
この時代に自分のキャリアに自信が持てる人は少ないと思います。特にIT業界は変化が大きいので、いま存在しない職種が大事になるかもしれません。そんなときだからこそ、自分のルールを大事にして欲しいです(ルールも時々で変えれば良いんです。ルールに固執すると、それはそれではまり込むので)。
僕からできるアドバイスは1つだけ。「何を作るのか」よりも「誰と、なぜ作るのか」を大事にした方が良い。人の"縁(えん)"は、本当に大事。これが縁だと思ったら突撃しましょう。
3年前に頂いた言葉ですが、フリーランスから会社員になった今でも大事にしています。
![]() | ソフトウェアアーキテクトが知るべき97のこと Richard Monson-Haefel オライリージャパン 2009-10-05 by G-Tools |

