梅田さんのエントリ経由で知った、「The Economics of Abundance」という概念。
ロングテールの提唱者、クリス・アンダーソンが新しく言い出したことで、大筋としてはチープ革命から起きている現在の流れを示しているもの。いままでが"Scarcity Economics"で、これからが"Abundance Economics"。参照は、以下。
梅田さんのエントリ
原文
日本語:日本語でわかるロングテール著者の新理論
で、超訳なのですが、Scarcityっていうと意味としては「足りない」って感じなのですが、うん、資料とかをみると皮肉をこめて「ずっと足らない経済」みたいな感じかなと。で、Abundanceは超訳して「自分で作る経済」。
ずっと足らない経済
つらつら資料を読んで思ったのですが"Abundance Economics"を"Scarcity Economics"の人に「豊かな経済」と言っても理解できないと思います。そういう人たちは、これまでの経済の方が「豊か」だと思っているから。市場を細分化し、それらにあわせて多種多様な製品を提供しているのに、なぜ豊かではないのかと。こんなにも製品が溢れているのになぜ豊かではないのかと。
ですが、所詮それは「想定された顧客」の対する製品でしかありません。そんな製品を出し続けても、きっと顧客は満足しない。だから、さらにセグメント化として市場を定義し続けることになる。それでも永遠に一人一人の顧客を満足させることはできないのです。
どの製品も自分に完全には合わない。なんか足らない。だから「ずっと足らない経済」。
自分で作る経済
一方の"Abundance Economics"というのは、製品が「たくさんある」「足りている」のではなく、無限にありえます。
Abundanceの主役は製品ではなくプラットフォームです。それ自体に直接価値を生むのではなく、それを利用してナニカを行なうことが重要になります。製品というのは特定のセグメント向けにパッケージングされているものです。プラットフォームは、その土台。
例えば、Linuxは、OSという製品ではなく、AmazonやGoogleのプラットフォームに過ぎない。チープ革命によって作られたものは「汎用化できて、皆がコミットできるもの」です。ですから、それ自体はナニカ特定の目的をもった製品ではありません。
例えばiPodとiTunesは、音楽再生装置と販売店ではなく、「音楽を楽しむ」プラットフォームに過ぎない。どんな音楽をいれて、どんな風に楽しむのかは自分で決めろと。
多様な一人一人の要望に、その人自身が自分で作りなさいと。だから「自分で作る経済」
閉じこもり経済
逆に"Scarcity Economics"を超訳すると「閉じこもり経済」ですかね。
彼らにとっては外と内の違いがすごく重要です。社内に全てのリソースがあって、それが強い競争力の源泉だという意識があるからです。工業化された世界では会社が工場とかのリソース持っていることが絶対的なポイント。それが直接の生産手段であり、労働者というのは労働機会を与えられた存在です。
だから、会社の"外部"にあるリソースを信じるなんてできやしない。しかも、低価格で使えるなんてもっと意味が分からない。それはなんの競争優位性も生まない、と思っているから。
こういう人はチープ革命でもたらされたコモディティ化は恐怖にしか映りません。自社のコンペ製品が無料で提供されているなんて信じられない。だから、製品比較をして違いを見つけようと必死になります。
でも、そもそもLinuxは製品ではありません。競争相手ではないのです(あなたがそう思っても、向こうは思っていない)。
なかなか面白い世界ですねぇ。
