ITが現代社会に変化をもたらしていますが、キーワードは「ネットワーク」です。ネットワークといっても「インターネットそのもの」か「人脈などのソーシャルな関係」を指しています。もちろん、より純粋な技術論としてのネットワークがまったく関係ないわけないのですが、社会生活においてインターネットに接続されないネットワークにはほとんど意味がないわけで、実質的には前述の考え方で問題がないでしょう。
歴史的に振り返ってみましょう。インターネットの前身となる"ARPANET(アーパネット)"の稼働が1969年で、インターネットの本格的な普及が1995年(Windows95発売後)になります。知の巨人たるGoogleの創業が1998年、その後、SNSの代表格MySpace、mixi、facebookなどが2004年ごろに創業、最近話題となっているtwitterが2006年、ustreamが2007年に創業しています。
一方で、社会ネットワーク論という視点では、"6次の隔たり"で有名になるスタンレー・ミルグラムのスモールワールド実験が1967年、それから時代が下ってダンカン・ワッツとスティーヴン・ストロガッツが1998年に「スモールワールドモデル」、アルバート=ラズロ・バラバシとレカ・アルバートが1999年に「バラバシ=アルバートモデル」という数学モデルを発表することで「複雑ネットワーク」という概念が様々な分野に応用されるようになります。彼らの著書は「スモールワールド・ネットワーク―世界を知るための新科学的思考法(2004/10 )」、「新ネットワーク思考(2002/12)」です。
そして、インターネットが社会生活に影響を与えていきます。これを扱った書籍としては「民主化するイノベーションの時代(2005/12)」、「フラット化する世界 (2006/5)」、「ウィキノミクス(2007/6)」、グローバル金融に特化した「世界はカーブ化している(2009/5)」、オバマ大統領選挙でのソーシャルテクノロジー活用を描いた「「オバマ」のつくり方(2009/12) 」、そして、本にはなっていないですが"ガバメント2.0"(TechCrunch:ティム・オライリー特別寄稿:ガバメント2.0―政府はプラットフォームになるべきだ)。時代が下るほど個人の趣味趣向から経済や政治との関係が強く語られているのは進化の適応順番ですね。マーケティングが早すぎ(セス・ゴーディンの「パーミションマーケティング(1999/11)」懐っ!)で、一番遅いのが法律なのは言うまでもないでしょう。
というわけで、やや乱暴に纏めると1960~70年ぐらいに理論として予測されたものが、20世紀終盤に現実社会に進出、1995-2005年ぐらいが導入初期、そして2005年ぐらいから普及期といえるでしょう。1世代10年という考え方に従えば、2010年は普及期の真ん中になります。
余談ですが、近年では携帯電話などのワイヤレス/モバイルデバイスの進化から、インターネット上でのコミュニケーションがリアルタイム化、分節化して(参照:拙作のコミュニケーションマップ)、その一方でクラウドをベースに、1.人軸、2.地理/時間といった物理絶対軸、3.動画/音楽といったコンテンツ軸での急速な集約が進んでいます。
まぁ、要するにインターネットと社会ネットワークが絡まり合いながら"進化し続けている"のが現状です。世界レベルでユーザー数が爆発な拡大を続けており、日々、新たな概念が生まれているような感じです。
で、ここの変わり目が本当に面白い。文化が「あるグループにおける行動の繰り返し密度」で測定されるとすれば、新たな技術は広範囲に濃密な行動変化を及ぼすため、絶対時間として短期間に文化を形成させ、それが急激な変化を印象づけます。
そして、いつかは社会全体の認識が変わります。このサイトの名前であるarclamp(アークランプ)は、電気照明の「アーク灯(アークライト)」が普及し始めたとき、灯りをつけるという同質性から油を使う「ランプ」という言葉を使った造語的な存在。時代の変わり目には過去の概念を引きずったまま新しいものを理解していく姿勢が見えますが、これはいつの時も同じなのです。
しかし、技術のもたらす急激な変化が社会に与える影響が大きいほど、そこでは良いことも悪いこともおきます(賢明な読者は善悪が立場による主観的な判断であることを知っているでしょうが...)。
「出会い系サイト」という言葉は社会悪として認識されていますが、そもそも人と人が出会には大きなエネルギーが発生するのは当然であり、そこで善悪は別として倒錯的行動が起こりうるのは古来からの常識です。そこから目を背けたまま、単純にSNSや出会い系サイトを"規制"しても技術がもたらした変化を止めることは非常に難しい。現在では個人認証や個人情報のフィルタリングが義務付けされる方向にあるようですが、結局はニーズがなくならない以上はアンダーグラウンドになるだけです。それって臭いものには蓋ってこと。
ようやく本題。こうした技術によって変化している社会においては、技術の特性を熟知した人間が、技術と社会の折りあいをつけていうことが重要になるはずです。それが、現代ではITアーキテクトと呼ばれる人たちであると思っています。もちろん、自分自身がその肩書きを名乗りつつも、ここで書いている職責に耐えられるかには疑問を抱いていることを先に書いておきます。
ただ、そういった意識に目覚めつつある同世代の人物が非常に多いのが実際です。デブサミで対談では同世代のメンバーと「社会学的なアーキテクチャ」について議論が及びました。
であれば、ITアーキテクトという役割にたいして社会的に意義が形成され、何らかの形で体系化されているのは必然です。
僕が建築に興味を持つのは、建築家が建築物という「人間の認識に対する情報戦略上の重要な構造体」を管理することを目的に生まれ、体系化されたきたと考えているからです。ビルディングタイプは政治や経済などの社会的要請から生まれてきた社会的アーキテクチャがパターン化したものでしょう。「拡張する空間」を通じた対談でも、そういった視点は共通していると感じています。
なので、単なる技術論としてITなりITアーキテクチャを語るというのでは不足感が強いわけで、より経済、政治あるいは社会という視点から発想が欠かせないものとなります。
そんなの日常の仕事に関係ないと思いますか?ですが、すでにアーキテクチャの決定には経済、政治、社会といったものが強く関わっているのです。特にエンタープライズ案件に関係している人は、その仕様がどこからきているのか考えてください。いや、別にB2Cでも一緒です。僕らが作っているソフトウェアは、すでに経済/政治/社会の要請として形作られているのです。その意識を持つことがまずは重要です。
前回エントリ「"いい感じに"モデリングする」で書いた「外圧」というのが、まさにそれです。外圧を拡張していったときに現れるのは、非常に広大な空間です。その空間を認識するだけの力を持たなければ、もはや優れたモデリングはできないのです。それぞれの業界で優れたシステムを作るには、業界の仕組みや動向を知らなくてはいけないのです。
技術による社会変化が起きているとき、そこで技術側に立つ人間が果たすべき役割は小さくありません。僕自身に経済、政治、社会といった側面で何ができるのか。まだまだ小さいことしかできませんが、これからの10年、あるいは50年を考えれば、それが小さいままではいけないという自覚は持っていたいと思うのです。

コメント (2)
近いうちに,ITアーキテクトの一部はビジネス・アーキテクトとしての役割を期待されるようになるでしょうし,そのまた一部は社会システムのデザインを担う役割を果たすことになります。
僕らの挑戦は,領域を超えたモデルを組み合わせ,物理世界と仮想世界と人間の挙動を結びつけること。社会のシステムをより賢くすることですね。
Smarter Planetだよ。Smarter Planet。
投稿者: Akira Sakakibara | 2010年05月18日 19:57
日時: 2010年05月18日 19:57
そっか、Smarter Planetってそう言う意味でもあるんですね。ステキなビジョンステートメントです。
投稿者: yusuke | 2010年05月22日 18:57
日時: 2010年05月22日 18:57