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皆の力を集める3つの要素 - 経済、政治、文化

 昨年末の某忘年会で「プロジェクトを成し遂げるためには」という話をしているときのこと。ある方がとても面白い話をしてくださいました。

 そもそもプロジェクトを完遂させるのに必要なのは何でしょうか?特にシステム開発などの知的労働の場合には人を動かすこと、人の力を集めることです。では、そのように皆の力を集めには何が大事なのか、というのが主題です。僕の意見も混ぜながら紹介したいと思います。


経済
 まず、経済というモチベーションは明確でわかりやすい。例えば高い給料。目標達成度が高いほど給料があがるとなれば皆が協力してやる気を出すことができます。

 しかし、全員の利害が一致していない場合にややこしいことになります。例えばAとBという目標を達成したい場合、イさんとロさんがそれぞれA,Bの成功度が給料に直結しているとしましょう。もちろんプロジェクトのリソースは決まっているわけですから、イさんはAを重視し、Bを軽視します。こうなるとロさんにとってAが重視されるほど、自分の給料が低くなることになります。
 この結果、イさんとロさんの利害は対立することになりますから協力するというのは難しくなってしまいます。

 経済というのは価値を転換し、交換可能にします。そのため利害が分かりやすくなり、結果として対立もわかりやすくなってしまうのです。


政治
 そういった場合に重要になるのが政治です。政治とはWikipediaの政治のページにあるように、

「政治とは正義や最大多数の幸福の達成」

 を目的としています。また、Wikipediaの政治学のページでは(あ、これ良いページですね)、

政治とは人間集団、とくに国家や国家間における権力の配分やその行使のされ方をめぐる事象のことである。このような認識の代表例として、デイヴィッド・イーストンの「社会に対する価値の権威的配分」という著名な定義がある。他方で政治とは対立する利害を調停し、人々の集合体における取り決め・決定を行うこととも定義できる。すなわち権力(パワー)と利害対立は政治学の中心的な概念である。

 とあります。プロジェクトを統括する側から考えれば、イさんとロさんの利害対立はリソースの分散を招き、悪い結果になることは目に見えてます。そこでイさんとロさんの利害関係を調整し、双方の力を集めることが必要になります。

 政治的な決着には様々な手法があることでしょう。リーダーの権力(パワー)の種類や強さによっても変わってきます。今回はイさんだが次回はロさんにする、とかメンバーの多数決で決めるとか、あるいは経済的な成果測定の方法を変えてしまうなんて事も考えられます。

 しかし、政治もまたゲームとなってくることがあります。自らに利益誘導をする、あるいは信念のために通すということは、もちろん間違ったことではありませんが、政治が目的になることはやはり非効率といわざるをえません。


文化
 その方の話で面白かったのは3つ目の要素として「文化」を上げた点です。文化とは何か、というのは難しい話ですが、僕は「自らがいかに行動するかをアフォードする(促す)モノ」だと思っています。文化という言葉でなければブランドでもいいかもしれません。

 1つの文化に属する人間たちは個別の目標を持っていたとしても文化が示す方向に向かうことができます。イさんとロさんが完全に利害関係をなくすことはできませんが、「いかに目標を達成するのか」ということを共有し、「最終的になすべきことはなにか」を*自分たち*の問題として捉えることができるようになります。

 しかし、文化を醸成するというのは非常に難しいでしょう。当たり前ですが、文化そのものを作ることはできません(狭義の文化を意味する作法やルールという意味ではなくて)。文化は行動を促すものですが、その文化自身が人々の行動によって醸し出されるものだからです。
 ですから行動指針をルール化することは文化に影響を与えますが、文化を決定することにはならないのです。ここらへん、マーケティングのブランドマネージメントから考えても面白いと思います。

 ですが、そこに文化があれば人々は価値観を共有し、その中で利害を超えて動くことができるようになるのです。


皆の力を集めるということ
 特に結論めいたものはないのですが、皆の力を集めるには経済・政治・文化と様々な手法がある、ということぐらいでしょうか。そしてバランスが重要でしょう。個別のものだけですべての問題を解決できるわけではありません。

 「経済・政治・文化を利用する」というと、なんだかきな臭い言い方に聞こえるかもしれません。しかし、それぞれの概念は歴史に育てられてきた人間集団に対するアプローチの結果です。市場や金融、あるいは組織論や哲学や宗教、そしてマーケティング、コーチングやファシリテーションといった手法は、そのものが悪いとか、そういうものではありません。

 プロジェクトとは人が集まる場所。人が集まれば利害が対立するものです。しかし、その人々に協力してもらわなければいけない。それはだまっているだけ、あるいは「皆の自主性にまかせる」とか「俺について来い」とか、そんな陳腐な方法で解決できるものではありません。

 様々な手法で積極的にプロジェクトの力を引き出すということがプロジェクトリーダーのなすべきことだと思っています。

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2007年01月07日 12:35に投稿されたエントリーのページです。

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