僕はなんちゃってギブソニアンです(w。アフォーダンスは佐々木 正人氏の本で知りましたが、その概念には深く関心を持ちました。このアフォーダンスの発見―ジェームズ・ギブソンとともには、アフォーダンスの提唱者であるジェームズ・ギブソン氏の妻、エレノア・J. ギブソンさんによる、2人分のポートレート。
ポートレートなので、いささか退屈な事実の列挙もありますが、エレノアさんの人生観その物に強い感銘を受けました。研究者としては女性であるがために不遇な時代をすごしながらも、中年以降に高い評価を受け、その才覚によって時代を切り開いていく様子が丁寧に描かれています。同時にジェームズ・ギブソン氏が第二次世界大戦時代にかかわったパイロット適性テストの作成をきっかけに生態心理学に向かっていく様子も理解できます。
アフォーダンスとは何か、というのはあえて書きませんが、エレノアさんの「読み」の研究からもうかがい知ることができます。
初めは少し単純に読みを捉えていて、音素や書記素の識別を学習したり、あるシステムから別のシステムに脱符号化することが(もちろん符号化するのがだが)必要なのだと考えていた。しかし、何を読んでいるのかということや、なぜ読んでいるのかによって必然的に変わってくるテキストの構造や読者自身の課題が重要であるという印象をますます強くした。成熟した読者は、構造を発見しています。つまり、構造や規則を用いてパフォーマンスの効率を高めたり、読み手のタスクに適合した情報を抽出しているのです。<中略>『戦争と平和』を読み、理解するのは、シンフォニーの楽譜を読むのと同じくらい素晴らしいことです。楽譜が一音符ずつ理解されるのではないように、『戦争と平和』は一文字ずつ読まれるものではないのです。
ここで書かれているのは、ある意味当たり前のことです。1冊の本を前にしても、その本の読み手によって感想は変わってきます。また、優れた読み手が本を的確に効率的に把握できるのは、彼が自分の目的に沿った形で"その本の構造"を発見するのがうまいということなのでしょう。
そして、エレノアさんはアフォーダンスという言葉を用いて、
読みは日常世界の知覚に匹敵する。つまり、知覚者になにかをアフォードしている情報の探索なのである。テキストがアフォードするもの、すなわち読者にとっての価値の探索である。<中略>読者のスキルにかかわらず、真のタスクは意味を得ることにある。
と指摘しています。そして「自分に役に立つ意味を求めて読む」ことが本をうまく読めるようになる上で重要だと書かれていました。
また、エレノアさんは幼児の成長に注目した発達心理学の研究を進めたことで有名です。ここらへんの話もたくさん紹介されています。が、あえて、ここでは省きましょう。
僕が感銘を受けたのはエレノアさんの人生観。
私たちは私たちのアフォーダンスに従って行為する。アフォーダンスは生涯を決めるだけではなく、私たちがどんなに人間になるかも決定する。人間関係の力学も同様に重要である。
そして、ジェームズ・ギブソン氏との夫婦関係について、
私たちが到達し得たどんな高みにも、夫婦関係の力学が大きな決定要因になったと思う。私たちは互いの知性と創造性と決断力を敬い、相手のプロジェクトやその時々の理論に関心を持った。<中略>この交流にあるのは何か特定の遺伝子ではなく、育ち、才能、興味、好機といった二人の人としての引力と遺伝子の相互作用である。
と綴っています。
あくまで個人的な理解ですが。人間は環境(世界や人)のアフォーダンスを経験することによって、自分の中に発生する「ナニカ」を学びます。そして、それが積み重なることで世界を理解していきます。このような世界とのインタラクトを通じて世界を理解していく過程というのが、まさに「人を創る過程」なんだろうなと。
人と言葉を交わすというのも、その言葉が持つアフォーダンスを感じていくということ(正剛さん風にいえば、「編集構造の交換」)。
世界はアフォーダンスで満ちています。そして、それは際限なく分化し複雑化することが可能です。だって現実の世界に2つと同じモノは存在しないのだから。知覚を研ぎ澄ませば、世界は学べることで満ちているのです。
![]() | アフォーダンスの発見―ジェームズ・ギブソンとともに エレノア・J. ギブソン Elenoar J. Gibson 佐々木 正人 岩波書店 2006-02 by G-Tools |

