「拡張する空間 建築家とITアーキテクトがつくるもの」で対談させて頂いた藤本壮介さんと、2010年6月24日に池袋ジュンク堂でトークイベントをしてきました。「拡張する空間」でも語られている"かかわり"に注目し、そこから建築とITの接点を見つけようという試みです。
はじめに僕からは3つのWebサービスを紹介しながら、ITによって"かかわり"を拡張するという試みを説明しました。
1つ目がニコニコ動画。ご存じの通り、ニコニコ動画は動画上にコメントを付けることができ、それが動画の上を流れます。だから、動画を見ていると笑えるところでは「wwww」(wは"笑"の意味)が大量に流れたり、ツッコミが流れたり、なんかうまいこと言おうとするコメントが流れたりします。場合によっては、動画が見えないぐらいに流れる。
ニコニコ動画が面白いのは「絶対時間からすると動画を同時に見ているわけではないけど、動画の中の時間軸では同時に感情を共有できる」ところです。時間的に非同時的でありながら、感情的に同時的である。個別の人のコメントを動画時間軸に"重ね合わせる"ことで、新たなコミュニケーションが生まれています。
2つ目が言わずと知れたTwitter。Twitterはミニブログと言われるように、ツブヤク側からするとブログのように情報を発信するだけのツールです。ですが、他人をフォローすることで、その個別のツブヤキを自分用に再編集し"重ね合わせる"ことができます。これをタイムライン(TL)と呼びます。ですから、まったく同じ人をフォローしていない限りTLは固有となります。
トークの中では紹介しませんでしたが、公式RT(リツィート)を使うコトで他人のTLにフォローしていない人を強制的に割り込ませることができ、これはこれで非常に面白いです。公式RTは、はじまるまでは反対意見が多かったようですが、いざ開始されてみると意外に楽しい機能になりました。公式RT経由で新しいフォローをしたことは1度や2度ではないです。
3つ目はセカイカメラ。セカイカメラは言葉、音声、写真を封入したエアタグという仮想マーカーをセカイに貼付けることが可能です。単純には地理的な位置に対して、非同時的な体験の結果を埋め込むことが可能です。事後的にその場を訪れた人は、過去に訪れた人の体験を"重ね合わせる"ことで、その場を楽しむことができます。
情報の重ね合わせによる"かかわり"の創出
これら3つのWebサービスに共通するのは"情報を重ね合わせる"をいう点です。ITによる"かかわり"というのは、デジタル化された情報を媒介としています。メールなんかがイメージしやすい。一方で、デジタル化された情報というのは再構成が容易です。特に最近ではPCもサーバも性能が上がってきており、再構成できる範囲が劇的に拡がりました。
上記のWebサービス達は個々の情報が面白いわけではなく、それらの情報をある軸で重ね合わせることで、より高次のコミュニケーションが創出されてくる。デジタル情報の構成の"系"を変えていくことで新たな"かかわり"を生み出しうる、というのがITの面白いところではないでしょうか。
ですから、Webサービスにとっては、どのような系(まさにシステムですね)を生み出すかが重要であると言えるのです。
セカイカメラはアーキテクチャは主張しすぎ
会場でも反応が大きかったのはセカイカメラです。でも、僕自身はセカイカメラは未成熟であると感じています。トークでも言いましたが「セカイカメラはアーキテクチャが強すぎる」のです。
セカイカメラでは、リリース後に無意味なタグが貼付けられる"エアタグ汚染"や"エアタグテロ"と呼ばれる行為がおきました(セカイカメラが公開されて秋葉原で歴史的事件発生?)。これについて「アーキテクチャが面白すぎるから、ただアーキテクチャを使いたいだけで、コミュニケーションとして無意味なことをしてしまう」と説明しました。これに対して藤本さんが「建築でも主張し過ぎるアーキテクチャというのはある。分かるなぁ」と、受けてくださったのが面白かった。
地理的な情報を元にしたコミュニケーションは注目の手法です。セカイカメラは先鞭を付けたという意味では素晴らしい系(システム)ですが、コミュニケーションをするための系としては未成熟であると感じています。そもそも、地理的な体験は多様すぎて時間を超えて体験を共有するのが難しいかも知れません。foursquareぐらいシンプルにするか、あるいは特定の場所や目的に絞るようなことが必要なのかもしれません。
一方で、Twitterはコミュニケーションのプラットフォームとして自社を位置づけています。シンプルなUI、控えめな広告、オープンなAPI。コミュニティに運営をまかせることを基本にしています。お勧めユーザーリストも、リスト機能の提供と共に停止しています(Twitter、「おすすめユーザーリスト」を中止へ)。
建築における"かかわり"
この後、藤本さんからは"かかわり"をキーワードに作品を紹介して頂きました。藤本さんは「建物は、"都市と自分"、"家と自分"、"他人と自分"といった関係の隔たりのバリエーションを作る。建物を使う人は、自分の領域を感じながら他者との離れ具合を調整しつつ、その関係を選び取る。それが住まうということ」と説明されています。
藤本さんが何度も繰り返されていたのは「建物はソコに絶対的に存在してしまう」ということです。建ってしまったら圧倒的な存在感が生まれてしまう。「だからこそ、人を刺激し、人が発見的に関われるということを大事にしたい」のだそうです。
「東京というのは雑木林のような場所。だから、東京らしい集合住宅を造ろうと思ったら、こうなった」と紹介した東京アパートメントは、ハコガタの家を積み上げた"だけ"の集合住宅。でも、箱と箱のすき間を通って上り、屋根的な場所を歩くといった曖昧な場所が多数あります。
あるいは、武蔵野美術大学の図書館(武蔵野美術大学 美術館・図書館(設計:藤本壮介)レポート…竣工した図書館を見てきた(5/21/2010)、新図書館潜入レポートその2)は本の森。森は距離によって様々な風景を生み出します。遠くから見えるモノ、近寄ったときに見えるモノ、視点を低くしたときに見えるモノ、その全てが異なっている。その体験が発見的に関わりたいと人に思わせる豊かさなのかもしれません。図書館はぐるぐると巻かれた巨大な本棚によって構成され、そこに穿たれた穴は立つ位置によって本棚が重なっていくような風景を生み出します。
雑さやゆるさが"かかわり"を生み出す
僕が一番聞きたかったのは「ITと建築は交わるのか?」ということ。もちろん、ズバリな答えなどないのですが、ヒントになりそうな話がありました。
先日、上野公園のユビキタスコミュニケータというものを利用してきました。ユビキタスコミュニケータはRFIDや無線を利用した音声/動画情報端末。機能の1つに、園内を歩いていると自動的に付近の情報が音声で流れるというものがあります。ところが音声がエリアに入る前に聞こえたり、エリアに入ってからしばらくしてから聞こえてきたりと、少しズレていたりします。
僕が「ズレるから、おいおいって思ってしまう」と言ったら、藤本さんは「もしかしたら、そういったズレが豊かさではないか」という指摘をしてくれました。続けて「雑さやゆるさといったものがあることで、人が発見的に"かかわる"余地を生み出す」と。
なるほど、ITにも曖昧さ、雑さ、ゆるさ、といったものが必要なのかもしれません。それによってユーザーが発見的に"かかわり"を探索したくなるようなもの。
例えば、ニコニコ動画のコメントは古いモノから消えていくので人気のある動画のコメントは常に動いています。動画を見ていて「職人乙!」みたいなコメントだけが残っていて、肝心の米職人の作品がなかったりすると、それに対してくやしがったり、復活させたり、違うコメントをいれていったり、そうやって新しい"かかわり"をしようとしているのではないか。
僕は企業システムを作っているので曖昧さは敵。でも、ある種の曖昧さは許されるのではないか、それによって、ユーザーをより強く関わらせることができないか。藤本さんが言う"森のような"アーキテクチャを作りたい。そういう思いを強くしました。
感想
いやぁ、それにしても藤本さんとの対談は面白いです。3日前に僕の資料を見てもらっただけで、ほぼ打ち合わせ無しで挑みました。スタートは迷いがありましたが話し始めたら2時間があっという間でした。これからも、こういう異業種での対話は続けていけたらと思っています。
![]() | 拡張する空間 建築家とITアーキテクトがつくるもの 藤本 壮介 鈴木 雄介 コム・ブレイン 2010-04-02 by G-Tools |

