「生成の世代 generation of generativity 展」のトークイベントに行ってきました。
生成の世代展はアートギャラリーhiromiyoshiiにて、建築家が値段をつけて模型を展示するという実験的な展覧会(おそらく日本初の試み)。キュレーターは、藤村龍至さん率いるroundabout journal。
藤村龍至さんは思想地図 vol.3への寄稿『グーグル的建築家像を目指して』、濱野智史さんとのイベントなどでIT系の人にも知られてきた?若手建築家です。超線形プロセスという独自の設計手法を提唱されており、まだ実作は少ないですが鋭い批評性で建築界内外で注目をされています。
展覧会に出展している建築家は、藤本壮介さん、中山英之さん、中村竜治さん、吉村靖孝さん、dot architectsさん、そして藤村龍至さん本人。いずれもアトリエ系[wikipedia]で注目の若手建築家です(ホントはきちんと紹介したいのですが、それやってると終わらないでググれ!)。
この展覧会には元々行くつもりだったのですが、Twitterで知り合ったデザイン系雑誌の編集者さんにトークイベントを教えてもらって、それも面白そうだと参加してきました(が、出撃時間が遅れて肝心の展覧会が見れないというオチ。代わりにカタログは買ってきたケド)。
トークイベントのテーマは「建築における模型の意味」。建築ではBuilding Information Modeling(BIM)[wikipedia]と呼ばれる3Dモデルを活用した設計プロセスが主流になりつつあり、大手組織設計事務所では模型を作らないことが多くなっています。BIMは建築物の外部形状は当然のこと、構造設計での物理的問題、さらには部材の数量や特性が入力されています。こういった手法が主流になる中で模型の意味とは何か?というのが藤村さんからの問いかけでした。ココまで前置き。
<内容は最後にTwitterログに手をいれてものを載せておくので、興味がある人は先にそっちを読んでください。iPhoneだったから略しているところが多いです。あと、後半は疲れた。>
感想は3点。1つ目は建築における模型的アプローチとソフトウェア開発でのプロトタイピングの関係性。2つ目は「複雑なモノをシンプルな法則で解く」というテーマの同時代性。3つ目は建築とITの関係。
建築における模型的アプローチとソフトウェア開発でのプロトタイピングの関係性
模型について建築家の固有性が出るのは面白かったです。大きく括れば設計プロセスでの「アイデア出しからの思考」と「もの作りにむけた検証」という両面での活用、それからコンペやレビューでの「コンセプトを伝える」「ユーザーに疑似体験させる」というところでしょうか。内向きと外向きに分けられるようですが、いずれにせよ明確に分断できるモノではないでしょう。
模型で面白いのはスケールです(縮尺)。1/100と1/20(30)が良く出ていましたが、前者はより思考的であり、後者はより検証的です。同じ模型でもスケールの違いが思考の粒度の違いとなり、利用のされ方に違いが出てきます。
ソフトウェア開発でも同じようなことは言えます。ただし、ツールとして考えると以下のように限界があります。
ダイアグラム(UML):スケールはあるが検証的ではない。また立体的ではない(複数の図表があれば可能だが理解しにくくなる)
プロトタイプ:検証的ではあるがスケールがない。略すぐらい(インターフェースとかモック)。
開発者には当たり前ですが、ダイアグラムでは表現しきれず、とはいえコードを書くには重いというようなことはありますね。一方でBIMのような非常に精度の高いモデル作りは、MDAとして過去から何度もトライがされてきましたが、実用化にはまだまだ時間が掛かるのが現状です。最も難しいのはモデルの表現です。少なくともダイアグラムだけ表現するのは厳しい
模型的アプローチをソフトウェアに適用するには、ソフトウェアがそもそも"原始体験的"ではないのをどうにかする必要があります。赤ちゃんでも理解できるぐらいにしたい。人間が進化してソフトウェアを体験できるようになればいいのですが、先に人類滅亡が来そうです(デジタルネイティブ世代にニュータイプが生まれる可能性もありますが)。
あと、そもそもプロジェクトの実装に先立って少なくとも2-3ヶ月のプロト期間を作る事が難しいという指摘はありそうですが、これは必要であれば実施すべきですし、それが有効であるという事例を重ねる必要があります。これはがんばりましょう。
「複雑なモノをシンプルな法則で解く」というテーマの同時代性
イベントの前日はSpring勉強会だったのですが、そこでの1つの発表が「複雑系のアーキテクチャ」でした。複雑なソフトウェアを構成するために単純なルールの積み重ねで表現できないか内容です(参考:発表資料『The Architecture of Complexity - Management of the Artificial』[PDF]を見てください。日本Springユーザー会のグループへの参加が必要です)。とても深遠すぎて結論は出ませんが。
そしてイベントでも「単純なルールで解いていく」というキーワードが何度か聞かれました。たまたま2日間連続であったのもありますが、ここまで似たようなテーマが出ているのは同時代性として語れると感じました。
その理由は藤村さんの寄稿である『グーグル的建築家像を目指して』で指摘されている「今の建築は様々なデータベース(法規、消費者の好み、コスト、技術的条件)に従って構成される」という記述に現れています。これ、ソフトウェアも同じですよね。
つまり、対象物を作るために考えるべきパラメタが非常に多岐に渡り、数も多く、要は複雑なのです。そして、それらのパタメタをすべて同時に解釈しながら作業を進めることが不可能だと。これを解くためには漸進的プロセスが必要になります。しかも、あまりにも対象が複雑なので、なにか単純なルールを作っておかないと対応できない。
藤村さんの超線形プロセスは厳密にこの考えを適用しています。ちょっと面白かったのは展示側の建築家達にはそこまで明確な意図はなく、どちらかといえば漸進性を否定するような発言もしていました(ジャンプすべきだ、とか)。建築家はアートな世界なので単純なルールを積み重ねるようなことだけでは解けないということだと思います。そこらへんのバランスは分かる気がしますね。逆に藤村さんはアート的な建築家像から少し違う立ち位置にいるのかとも思います。
建築とITの関係
Twitterログには書いてないですが、藤村さんが「世の中がソフトウェア偏重になり、建築が軽視される可能性があるから、もっと都市における建築の重要性を強調すべきだ」といった趣旨の発言をされていました。これは、毎回思うけどビビりすぎです。どんなに転んでも建築の重要性は失われないです。
会の終わった後で藤本荘介さんと立ち話したのですが、ITであれ建築であれ、最終的には人間に認識されてなんぼなのですから、その点では全く同じ課題を抱えています。むしろ、情報と物体を分けて語ることが脳と身体は別である的な違和感を覚えます。
例えば、プリウスの燃費メーターはソフトウェア的ですが、それによって人間の行動が変わりエコドライブするようになります。このインタラクションではソフトウェアとモノ(車)はヒトを通じて連続的に関わっています。こういった関係が普通のことだと思います。
会に行く前に、これと同じようなことをつぶやいたらランドスケープデザイナーの石川初さんに「炭坑のカナリアは避難を促す、とか」とRTをもらいました。モノ(炭坑)だけで解決できない問題に対して、センシング技術(カナリア)が情報(有毒ガスが出てる)を表現し、ヒトの行動に影響を与えている。
昔からモノと情報は補完的な関係にありました。建築とITも同じような関係であるべきと思います。安直に思いつくのはエコ関連で家庭の電気使用量をメーター表示するというものですかね。あれは実用化されれば面白いと思います。そこまででなくても、もっとやれることは多いと思います。
最後にまとめ
展覧会は見ていないのでコメントしません。トークイベントはとっても面白かったです。あれだけの人数(12人!)なのに藤村さんの進行はとてもうまかったです。まとめはボンヤリ感はありましたが、そもそも建築家というのは結論づけられるのがいやでしょうから、あれぐらいで最適じゃないですかね。あとは聞いている側が学べばいいことで、少なくとも僕は大いに刺激を受けました。
IT業界でも、ITアーキテクトが中心のイベントはもっとやっていいと思います。もちろん是否の議論は必要だろうけどコンセプトや考え方みたいなレベルでの会話は重要です。
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清澄庭園の大正記念館なう。「生成の世代」のトークイベントです。
藤村さん。出展依頼した基準は設計段階にプロセス論があるか。設計の初期段階からカタチが生成されていく過程にコンセプトがあるか。
藤村さん。テーマは「模型の意味」。シュミレーション技術(BIM)の発展で模型の意味がなくなっているのではないか?
藤本さん。模型は可能性にカタチを与えたもの。見た人が、模型は全体のコンセプトを俯瞰でき、さらに建物が建ったときの体験を試せる。設計する立場としては、スタッフで共有して育てるもの
中山さん。模型はポータブル。昔、文庫本という形態が発明されたことで新しい文化を生んだ。同じように模型はそのものがメディアになりえる。周りにある空間をシフトさせる力がある。
中村さん。模型は、ナニカを発見する道具。(※中村さんはホントに寡黙なのです)
吉村さん。模型は設計過程の思考プロセスを固定してあるもの。スケッチとしての価値。一方で模型みたいな建築は作りたい。模型はエッセンスを取り出して抽象化する過程。それを実際の建築物でもやりたい。
dotさん。ひとつの模型をいじり続けるスタイル。後半は現場への導入過程としてとらえている。模型そのものを完成としたスタディもやったが、その場合は、模型が現場。
藤村さん。藤本さんは事務所空間全体が模型化している。模型依存症。(※他の人の講評は書ききれず)
oO(イロイロあるなぁ。スタディ。思考実験。ユーザーに対して俯瞰と擬似体験を提供する、メディア。あと量もばらばらなのがおもろい。藤村さんの議事録と言う表現のおもしろい。 )
藤村さん。次は模型を作る量について。
dotさん。一つだけ。積み重ねていく感覚
吉村さん。プロジェクトによって思考のキッカケは違うから作るときと作らないときがある
中村さん。あまり作らない。基本的には頭の中。頭の中だけで作れないときは「作りたいという」欲求にかられて作る
中山さん。少数派。ただ大量にあることでの楽しさはある。同じ物事のたくさんの切断面、あるいは表現の確認という側面はある。それ自体が楽しくなってしまうので注意している。
藤本さん。初期にたくさんのアイデアを形式化したものを大量に並べたい。カンブリア期の三葉虫。案の本質を探るためにやる。ただのバリエーション出しは嫌い。それは価値判断の放棄。模型と一緒に言葉を大事にしている。模型に言葉を与え、それが次の模型を産む。ただし1/20は1つのものをいじり続ける。
藤村さん。設計は進化させないといけない。単純なルールで模型を作っていることで、ヒトがアルゴリズム化されていく。googleのページランクのように。
dot。一つの模型にこだわるコトで、いまの思考状態がわかる。単純なルールをあたえて集合知モデルとして一つの模型にするというのもやっている。
吉村さん。プレゼンで本をつくるのはオランダ人向き。線系に説得するのは日本人にむかない。(※オランダは世界的に有名な建築家が多い。)
中山さん。たとえば本にはめくる快感がある。残りページ=分かっていないことがなくなっていく快感。一方で巻物的な俯瞰から入って、そこから部分の詳細に向かうというものもある。模型は後者的。全体が一気に入って来る快感。素敵な違い。
藤村さん。ブック型とマップ型と呼べるのでは。スタディにおける時系列の解釈の仕方ではないか。建築家の固有性。
藤村さん。模型はマテリアル性が強い。作ることそのものが盛り上がる。都市にも模型性がある。ここは大事。建築の本質ではないか。
模型には思考実験的なものと、もの作りのためのものがあるのでは。それがスケールの違い。ただし、簡単に分断できないはず。またプレゼン空間にも規定される。形態によって共有するスピードが違う。
藤村さん。設計プロセスを盛り上げる手法として、模型でも、ドローイングでも、BIMも個性ではないか。模型がマテリアルで身体性があり、BIMにはないということはない。
(※このあとQAで、模型を作るのに好きな素材は何か?好きなスケールはあるのか?アートギャラリー展示はどう感じたか?などがありました。それぞれ面白かった)
![]() | 思想地図〈vol.3〉特集・アーキテクチャ (NHKブックス別巻) 東 浩紀 日本放送出版協会 2009-05 by G-Tools |

