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予測できないことを抱きしめられるか

 先日も紹介した予測する力 養成講座〔セオリー〕vol.11ですが、沢木耕太郎さんの文章が良かったのでメモ。


情報を無限に手に入れても、究極的なところではあまり意味がない。情報に向かって濃く思いを寄せることができる能力がなければ、行動はできないんですからね。

(情報の)制度も量も実はそんなに必要はなくて、ある情報に対して、その情報を基に行動ができるかどうかというのが問題なんです。

自分がそこにチップを置かなければ、その情報も、情報によって判断したことも、意味を持たない。

 チップを置かなければ意味を持たない、というのはそのとおりですね。どんなに情報を集めても十分なんてない。どうせ、なんらかのフィルターで情報は見てしまうのだから、そこに濃く思いを寄せられるかが勝負。それでも、もちろん予想もできないことが起きる。

自分の情報力を、判断力を駆使して、そして想像力まで駆使しても、予測に反する、思いもかけないことが起きる。そのときにどうするか。

僕だったら、思いもかけないことはなんらかのかたちで必ず起きると予測しておくことになります。そして、その状況に立ち至ったとき、驚いたり、パニックに陥らないで、その思いもかけないことに対して、やはりそういうかたちで起こったんだと受け止めて、現実を直視してどうするか判断して行こうとすると思うんです。

 そうだよね、予測できないことが起きるって予測は最強で。

予測できないことが起きた時に、もちろんうろたえ立ちすくむこともできるんだけど、そこで全く新しい未来が開けて行くっていう考え方もあるわけです。本当にひどいダメージを受けるような、予測できない出来事が起きたとしても、そこから始まる世界というのは、多分これまでの人生のルートで行っては味わうことのできなかったもう1個の世界だと思うことは可能なんです。

 自分の計画が狂ったって泣き喚いて立ちすくむこともできるけど、それが啓示だって、その出来事は僕に必要なんだって、運命を抱きしめて受け入れて、そうすることで人生は前に進むのだと思う。

4063788555予測する力 養成講座〔セオリー〕vol.11 (講談社MOOK セオリー vol. 11)
第一編集局セオリープロジェクト
講談社 2007-08-03

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2007年08月21日 00:34に投稿されたエントリーのページです。

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