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情動回路

 書店でふと手に取った「談―Speak,talk,and think (No.76(2006))」の特集が情動回路。

 「情動」というのは、いわゆる感情。感情というと「感情的になるな」「感情に流されない」などといわれて、知覚・認知といった論理性に対してネガティブに捉えられるもののようです。


 ですが、この情動というものが実は重要。僕が面白いと思ったのはオートポイエーシスで有名な河本さんのこの言葉。

現実性をそれとして成立させる、つまり物自体のところから現実が出現することろ、そこのところで働いているのが「注意」です。

この「注意」の動きに、どうも情動や感情が相当関与しているように思います。

 世界というのは自分に関係なく進んでいて「僕にとっての現実」というのは僕が認識できた領域にしか過ぎません。河本さんの指摘は、その「僕にとっての現実」に気づく瞬間の動きです。それは知覚や認知や認識の手前。


 僕は直感という言葉が近いように感じます。新しい現実に出会うために必要なものです。河本さんが続けて、

(注意が)鈍くなる理由の1つは、こころの働きを構成的に使うようになるからです。自分の見る世界だけを必死で守る人。こういう人はもう「注意」をあまり必要としていない。

注意を働かせれば、別の現実に出会えるのに、同じ現実ばかり見て、それが唯一の現実だと思い込んでしまっている。

 「こころを構成的に使う」とは、戦略的に感情を制御することを言うようです。「どうしてもやりたい」と思ったとき、それが認めたくないことであれば意識的に感情を納得させる動きをしてしまいます。「あぁ、こんな仕事したくない」と感じたとしても、意識として「でも、生活するには」「でも、この仕事の意義は」「でも、仲間が」という考えがおきて「この仕事はやるべきだ」と捻じ曲げてしまう。

 情動は感情は際限なく膨らむものですから、それを抑えるために感情を認知に置き換えてしまうのです。これが進みすぎると、情動が強固な認知の構造によって縛られてしまい情動が失われていきます。


 もちろん情動のままに動けとか、思ったらやれとか、そんなことを言うつもりはありません。しかし、情動を抑えすぎると新しい現実に出会うことすらできなくなります。


 河本さんによれば、これは職人的な気質であるといいます。

自身がこつこつやりながら、そういう経験の中で何かを発見していく。つまり、自分の中にそれまでになかったものが見えてくる

本人にとっては重大な発見であっても、他人にとっては全く取るに足らないようなものかもしれない。そんなことはどうでもいい。その経験を自ら感じ取れればいいのです。


 もし意識的に気づこうとしているのであれば、それは情動ではありません。意識的にやろうとすればするほど認知としての感情に流れてしまいます。
 ロジカルシンキングも発想力もいいけど、たまには肩の力を抜いて、深呼吸して、で、ちょっと笑顔で。そうして、ふとした気づきを感じ取る。くだらないなんて思わないで、ただ大切に感じ取る。子供のころはできてたって思いません?

 新しい現実は落ちているものでも探すものでもなくて、ただ「気づく」ことなのだと思います。気張って色々するんじゃなくて、ふと力を抜く。目の前にある現実すら見えないなんて、よくあることで。なんか最近は力が入っていたなぁと反省。


4924349100談―Speak,talk,and think (No.76(2006))
たばこ総合研究センター
たばこ総合研究センター 2007-03

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コメント (2)

shin:

yusukeさん
分かってるじゃないのよ。
ほんとそうだよ。
そう思う。
でもさ、振り返ってもやっぱ楽しかったジャンよ。
だから大いに現実を楽しもう。

とにかく、やる続けるのが大事だからね。
これからも色々楽しく激しくやろうね。

てっし:

「ちょっと笑顔で」っていいですね。日ごろ心がけていることだったりします。私はいっぱいいっぱいの自分は嫌いなクチですから。「あーいそがしー」って言っている人ってあまり…

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2007年03月21日 16:04に投稿されたエントリーのページです。

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