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ドボクサミット

 ドボクとはなにか。それは「建築」と「土木」の間にあるものであり、機能性重視で外観が決定されてしまう建築物の領域をしめす。ダム、団地、工場、ジャンクション、鉄塔、水門と、その範囲は広い。それらにおいて重要なのは機能が全てではないと言うことだ。石川初は、

「ドボク」の魅力は「機能美」というよりも、「機能が優先した結果として露呈してしまっている物体のリアリティ」とでもいうべきものである。機能はきっかけのひとつに過ぎない。重要なのは、その「リアリティの希求」ともいうべき行為であり姿勢なのだ。

と論ずる。ここでも、私自身のドボク感を述べてみたい。


 ドボクは、確かにヒトの手により作られたものである。それは決して"自然(ネイチャー)"ではない。しかし、都市に住まう我々のとっては、"自然(ナチュラル)"に存在するものでもある。

 新宿駅の広大さのように、あるいは新橋のJRとゆりかもめの交差のように、もはや当然のように存在してしまう巨大な建造物は、我々にとっては"モノ"とは認識されない。それは風景に溶け込むというよりも、意識に溶け込んでいると表現できよう。

 ドボクが意識に溶け込むには3つの理由がある。

 まず、ドボクとは手段であって目的ではない。団地は個々の部屋にこそが目的であり、その全体象は効率的な集積の結果として表出したカタチにすぎない。また、ダムとは、そのコンクリートのかたまりとしてのダムそのものが目的ではない。あくまでも水を貯水するために立てられたモノだ。

 つぎにドボクとは巨大ではあるがモノではない。ドボクとは、基本的な巨大なものである。少なくても両手で抱えられるようなスケールではない。であるとすれば、シンボルとして成り立ちそうなモノだが、そうではない。この点から新宿高層ビル群の非ドボク性を説明できる。それらはビルディングとしてオフィスを目的とした手段であるといえる。しかし、特に遠景の中での異形の存在感がモノ性を高めざるをえないのだ。

 最後に、ドボクとは必ず関わるものだが関わろうとは思わないものである。我々とドボクの距離は以外に近い。スイッチを押せば電気がともり、蛇口をひねれば水が出る。それらのバックグラウンドには、間違いなくドボクが存在する。そうした内在するドボクに対して、我々はひどく無関心である。つまり、これは公共であるということだ。公共のインフラは、我々に常に関わるが、意識的に関わるモノではない。それらが失われてはじめて、その存在に気づくもである。


 こうしたドボクをエンターテイメントに仕立てるには「ある視点という枠」で切り取ることに意味がある。ヒトが行き着ける場所から眺めた視点から見えるもの。それをメディア化して伝えうることがドボクには欠かせない点である。もちろん、その場にいくことによる体感や経験は、何にも代え難いものである。しかし、ドボクがエンターテイメントとして、これほど多くの人に愛されるのは、日常から「切り取れる」ということにこそ意味がある。


 そして、切り取られた視点のなかで「なぜ、この形に」という新たな発見がドボクの奥深さを感じさせる。

 これらをドボク・エンターテナー達は様々な表現をする。「くねっ」「ぼっち」「ぴっしり」「ギザギザ」「ぐにゃ」「ぶっとい」「ドーン」「ぐにゃぐにゃ」「出っ張り」「ゴツゴツ」「非効率」「おぉ~」「ぐぃーっ」「みっちり」「ガォー」「150センチのEカップ」「170センチのピンクハウス」。

 石川初は言う。

(ドボクとは)決して前衛を気取っているわけではなくて、きわめて「本気」なのである。これが、「アートとしてのドボキズム」ではなく、「ドボク・エンターテイメント」あるいは「リサーチ・エンターテイメント」と名付けたくなるゆえんなのだろう。

 もはや、ドボクの本当の機能なぞどうでもいいのだ。そこにあるカタチから類推すること、その思索そのものがエンターテイメントなのである。

 さぁ、ドボクに刮目せよ!




 あー、本気のバカって好きすぐる。2007年ぐらいからブームになったドボクものを広めた方々によるイベントを収録した本です。楽しいですよ!

4901631829ドボク・サミット
ドボク・サミット実行委員会 編
武蔵野美術大学出版局 2009-04-11

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以下、参考図書。

448780163X工場萌え
石井 哲
東京書籍 2007-03

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4840120935ジャンクション
大山顕
メディアファクトリー 2007-12-12

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4840118043ダム
萩原 雅紀
メディアファクトリー 2007-02-16

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4861005388恋する水門 FLOODGATES
佐藤 淳一
ビーエヌエヌ新社 2007-08

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4426102294東京鉄塔―ALL ALONG THE ELECTRICTOWER
サルマル ヒデキ
自由国民社 2007-08-06

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4487802598団地の見究
大山 顕
東京書籍 2008-03-28

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2009年04月19日 22:39に投稿されたエントリーのページです。

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