僕の「構造によって表現を創る」に対して、棚橋さんから「残念なデザイン。」というエントリがあり、そこでのコメントに対して「あらゆる仕事はデザインの仕事です。」というエントリがありました。この流れで、モノづくりと製造は違うんだということを書きたいと思います。
製造というのは"設計書に従って製品を作る行程"です。設計はデザインと訳されますから、デザインの成果物が設計書なわけです。では、ソフトウェア開発やその他の知的生産活動において"設計書をもとに作る"という行為は製造なのでしょうか?それは明確に違います。
Jack W. Reevesは、What Is Software Design?というエントリで次のように書いています(超訳)。
If the design documents truly represent a complete design, the manufacturing team can proceed to build the product. In fact, they can proceed to build lots of the product, all without any further intervention of the designers. After reviewing the software development life cycle as I understood it, I concluded that the only software documentation that actually seems to satisfy the criteria of an engineering design is the source code listings. ... final source code is the real software design ...設計書が本当に完璧な設計を表しているとすれば、製造チームは設計者に機能の質問をせずにプロダクトを作れるはずです。しかし、ソフトウェア開発工程をレビューした後に理解したのは、工学的に設計と呼ぶことができるソフトウェア設計書というのは、ソースコードそのものだということです。...完成されたソースコードこそが、本当のソフトウェア設計書...
僕も同じ認識でいます。良い設計書というのは、それがあるだけで製造が行えるものなのです。だから、製造工程で重要なのは品質のブレ(=設計通りか)や生産効率(=どんだけ作るか)なのです。本来、製造工程で「設計が悪い」とは言いません。悪ければ製造できないので、設計行為の中でそこまで保証する必要があります。しかし、知的生産活動でいう作る工程では「設計書だけあれば大丈夫」なんてことはありません。
前述の定義で知的生産活動でいう製造を考えると、ディストリビューション行程にあたると思います。ソフトウェアをCDに焼く、絵を印刷する、音楽を配信する。設計されたものと同じものを作りだす作業です。これらの作業はとても重要ですが、知的生産活動の実践者が責務を負うことではありません。そこには設備が必要であり、とても個人が机の上でできることはないからです。製造にはリアルな製造設備が必要なのです。
つまり、以下のような図式が成り立ちます。
・製造業で言われる設計 = 知的生産活動では"作る"
・製造業で言われる製造 = 知的生産活動ではディストリビューション
「モノづくり」という非常に日本的な言葉は、現代では知的生産活動のことを示しています。ただの製造行為のことをモノづくりとは言いませんよね。もっとリスペクトがある行為、例えばソニーのモノづくりとか、トヨタのモノづくりという時、誰も製造ラインの不良品率をさしているわけではありません。製品のコンセプト、センス、タッチなど、まさにデザインそのもののコトを示しています。
なので、一般用語で言われる「デザイン行為」ことは、まさに知的生産活動のことなんです。棚橋さんの書かれた「あらゆる仕事はデザインの仕事です。」というのは、完全に賛成。
こうした理解が進んでいないのには、誤った用語の氾濫が原因としてあります。
とても残念なことに、ソフトウェア開発ではコーディングのことを「製造工程」と呼びます。しかし、コーディングを製造業における製造工程を参照するのは見当違いも甚だしい。まったく違うモノです。科学的管理法をコーディングの工程に持ち込むことにまったく意味はないのです(いちおう補記。シックスシグマやトヨタ生産方式のように、企業文化と呼べるレベルまで高められたものは、この例にはあたりません。きちんと学べば、その意味が分かります。ただし、その本質を理解しない誤用は、よく見かけます)。
同じようにウェブデザインの「制作」も、若干、誤解を招く用法です。HTMLを書く技術は、本当に高度で、CSSとXHTMLで美しく作られた文書は再利用性やメンテナンス性の面ですばらしい効果を生みます。これはデザイン行為そのものです。
産業革命以降、産業の発展は製造(大量生産)とともにありました。そのメタファーがモノづくりの世界で適用されてしまったのは、しかたがないともいえます。しかも、日本は金融などの形のない資本産業への参入を阻害されてしまいました(優秀な車メーカーは日本とドイツとイタリア、つまり戦敗国にあります。フォードクライスラーやGMの凋落の原因とは言いませんが、関係ないとは言えないです)。
モノづくり(デザイン)とは、クリエイティブであり、コラボレーション(協業)であり、感性が問われます。一方、製造は、効率化を求め、役割分担(分業)をし、ブレを抑えます。僕らが注力すべきなのは、モノづくりの品質を高めることです。しかも、チームとして成果を出すためにはどうすればいいか。僕はアジャイルもリーンも、まだまだ答えには達していないと感じています。
さ、どんどん前に進みましょう。時間はかかりますが、必ずたどり着かないと。

コメント (2)
はじめてコメントさせていただきます。
最近ここを知り読ませていただいています。
僕は小さなWeb制作会社をやっているものです。デザインからコーディングまですべて一人でこなしているのですが、名刺の肩書きは「デザイナー」としています。それはつねづねコーディングというものはデザインそのものだと感じているからです。自分のスキルとセンスが高度と呼べるものにはまだまだ到達しているとは思いませんが、今回のエントリーや、棚橋さん(面識もないのに失礼します)の「あらゆる仕事はデザインの仕事です。」を拝見し、自分の考えていることは間違いではなかったと思い、コメントさせていただきました。
どんどん前に進みましょう。という最後の言葉に励まされた気持ちです。へんな言い方ですが、ありがとうございます:)
投稿者: 谷 健司 | 2009年06月02日 23:09
日時: 2009年06月02日 23:09
谷さん、はじめまして。コメントありがとうございます。
こちらこそ、谷さんに賛同いただきうれしいです。同じ思いを持ったヒトがふえれば、いつかは大きく変わると思っています。
これからもよろしくお願いします。
投稿者: yusuke | 2009年06月03日 20:33
日時: 2009年06月03日 20:33