世の中には2種類のプレゼンターがいます。感動を呼べるプレゼンターと、そうでないプレゼンター。前者の代表格は @kakutani や @papanda で、「正直うらやましい」という以外の何者でもない。生来、感情の起伏を抑えて生きてきた僕のプレゼンは、よく言えばクールだけど、悪くいえば突き放すような感じ。それを乗り越えたくて気合い10倍で挑みたかったのに、1.5倍くらいにしかならなかった...。
資料はコチラ。
この資料を作るにあたって経済産業省の特定サービス産業動態統計調査を調べて思わず声を上げずにはいられませんでした。受注ソフトウェアの売上伸び率は1995年から2002年まで10%を超えているにも関わらず、2002年以降の平均は1%。これは完全に成熟期をしめす数字です。しかも、リーマンショック後では-3.0%になっており、完全に衰退期モード。労働集約的、手工業的なソフトウェア開発の限界を感じたのです。
では、これから何が起きるのか。以前もプレゼンしたとおり「使い手視点での経済合理性が進む」ということしかありえません。代表的なのがクラウドです。ですが、多くのエンジニアやユーザーは言うのです。
「制約が厳しい。これでは、必要な要件をクリアできない」
その通りです。ですが、そこで僕らは小説家 開高健さんの言葉を考えなくてはいけません。
何かを得れば、何かを失う。そして何ものをも失わずに次のものを手に入れることはできない。
何ものも失わずに前に進むことはできない。あなたが必要としている要件とは、本当に次の世界で必要なことなのか?過去の常識に縛られているだけではないのか?まったく次元の違う価値を手に入れるとき、これまでの価値観にどれほどの意味があるのか。新しい時代には新しいアーキテクチャが必要なのです。そして、それを手に入れるためには何かを失わなくてはいけない。
そう、ここで我々は過去の常識に立ち向かうのです。例えばオブジェクト指向とアジャイルプロセス。変化に適応するために最強と呼ばれているこのタッグさえも疑ってかかる必要がある。そして、その視点に立って考えればオブジェクト指向もアジャイルプロセスも優れた手法ではあるが、それだけでは足りないと、そこに気づくのです。
僕は「これからのアーキテクチャ」に構造の不変性を利用した
・変化の影響を管理する。→モジュール
・変化の方向を管理する。→プラットフォーム
という2つのものをあげました。それぞれOSGiとエンタープライズソーシャルアプリケーションを例としてあげています。
これが正解だとは思わないでください。もちろん、僕は正解に近いと信じています。だからこそ、取り組んでいる。でも、変化の時代、変革の時代にあっては信じることが全てとはいえ、それだけにすがり続けるのも破滅への道のりです。どうぞ、自らが何処にいるかに自覚的であってください。
どうも僕には「次は、君の番だ。」なんて言うほどの心の広さはないようです。僕に付いてこられても困る、みたいな。そんなたいした人じゃないし。でも、なぜだが僕の目には他の人には見えないナニカが見えてしまっているようで、それが見えてしまったのであれば、みんなに伝えないといけないとは思う。だからこそ、こうした話をしています。もっともっと伝えたいことがあるけど、どうにも伝えられない。そんなもどかしさを感じる日々です。
だから他人の言葉を借りました。
何かを得れば、何かを失う。そして何ものをも失わずに次のものを手に入れることはできない。
僕には「共に月に行こう」と言える度量はない。でも、月があることは分かる。だから「月はそこにある」と言い続ける。「共に月に行こう」と言える日まで。
なお、このセッションのきっかけはデブサミの事前企画会議で「アーキテクチャの今後について語るセッションが欲しい」と言ったら@t_wadaに、「じゃ、ゆーすけさんやって」と言われたというもの。少しだけ「共に月に行こう」と言い出せた気がします。チャンスをありがとう。
