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ロボットから考える、身体性としての構造が持つ意味

 なにげなく季刊d/SIGN(デザイン) no.13の表紙を見たら「特集 ロボットのデザイン」の文字。おおっと思って著者人を見ると「國吉康夫+佐々木正人」ときたもんだ。ロボットの身体性でも語っているのかと思ったら、ある意味裏切られたような、でもすばらしい内容でした。


 國吉康夫さんはロボットを開発しているわけですが、ロボットを作ること自体が最終目的というわけではなく、ロボットを作ることで人間の理解を進めることを目的にされています。早速ですが、國吉さんの研究室サイトにある「スクワット起き上りロボット」の動画を見てください(ページへの直接リンク)。


(画像はWebサイトより直接リンクで引用)


 このロボットは寝た状態から足を上げて、それを振り下げる勢いで膝を曲げたスクワット状態で起き上がりをします。動画をみてもらうと、すごく人間くさい。起き上がった瞬間にはゆらゆら身体を揺らして踏ん張っているのがわかります。
 このロボットは「からだの存在感が、人間に非常に近い」「末端の細かい所よりも、全身として『おおむね人間に近い』」ことを重視して設計されているそうです。具体的には体重や関節の稼動範囲や表面の柔らかさが人間に似ています。
 
 面白いのは体を完全に制御しているわけではないこと。「こいつは、ほとんどからだだけの存在ですよ。脳の神経系がなにもないに近い」。それを國吉さんは、

からだの効果はものすごく大きいです。かたちが人間に相似になってくると、脳や知能の問題以前に人間らしさを獲得書くとしてしまう。

 と指摘しています。

 こうした考え方はこれまでのロボットに対する考え方と大きく異なります。簡単に言えば、これまでのロボットは望むように完璧に動くことを目指していました。右に10センチなら右に10センチ動かす。そのためには例えば重力を解決しなくてはいけません。そこで重力をキャンセルするように上向きの力をモーターによって発生させながら動かすことになります。つまり身体のもたらす影響をいかに排除するかを考えてきた。これは「脱身体性」と呼べるものです。

 しかし、そもそも人間は正確に動いているわけではありません。スクワット起き上りでいえば、1000回やれば1000回違う軌跡を描きます。それでも「スクワット起き上りはできる」わけです。しかも、からだの制御を完全にやろうなんて思っていない。からだの位置や周りとの関係など、入力された情報を完全に理解して細かい判定をしながら動いているわけではなくて、感覚的なコツ、どのくらい足を上げるとか、どれくらいの勢いで足を下ろすとか、どうやってバランスを取るとか、そういうちょっとしたツボを感じているに過ぎません。

 このロボットもまさにそれと同じようにコツとも呼べるいくつかのポイントを制御するだけだそうです。それでも動作全体としては非常人間くさい動きを獲得することができる。ロボットの動きを完全に制御することを考えるのではなく、身体性、つまり動きの基礎的な構造を認めたうえで、コツだけをうまく伝える。國吉さんの著作から引用すれば、

重要なポイントは、獲得すべき行動をロボットの脳に直接書き込むのではなく、他者を含む環境を介して(社会性)、ロボット自身が自らの身体を通じて(身体性)、情報を取得し(適応性)、情報を解釈していく過程をもつことである(自律性)。

 となります。

 これはものすごく深いです。ものすごく。人間が知を獲得する過程もまさに同じ、というか、だからこそ國吉さんのロボットは人間くさいのでしょう。


 詳しくは、これしか紹介しませんが、あといくつかのすばらしい試みが紹介されています。

 例えば、虫をイメージしたような12本足が生えたテーブルのシミュレーション。それぞれの足はばらばらなカオス的な動きをしますが、体全体としての状況をフィードバックしてやる。すると最初はゆらゆらゆれてうまく動かないのですが、ある瞬間から自己組織化してある方向に歩き出す。12本の足である方向に動くというのは細かい制御が必要なのですが、知能もないのにそれを獲得している。佐々木さんは、これをみて「そうか脊髄か!」と叫ばれています。

 そして、これを発展させた赤ちゃんのシミュレーション。先ほどのロボットのように赤ちゃんの身体性を再現するわけですが、そこでもカオス的に動きを発生させてやる(細かくは各部の神経系と大脳皮質の連携をモデル化してフィードバックしているそうな)。すると赤ちゃんは、もぞもぞしながら外部環境とインタラクトすることで這い這いまでいたる(こともある)。面白いのは胎内を模した狭い空間での強制的なインタラクトを経験したモデルと、経験しないモデルでは、経験しないモデルの発育がどうもうまくいかないそうです。佐々木さんも「大発見」と絶賛されています。

 あと別の記事ですが瀬名秀明さん(パラサイトイブ、ブレインバレーなどの著者)のロボット考察「ためらい迷うロボット」もすばらしいです。この雑誌は超オススメです。


 もう、本当に素晴らしい研究です。かなり衝撃的です。もうこんなことまでやってしまっている人がいるなんて。

 個人的に萌えるのは構造と持つ力でしょう。構造の上に多数の独立したインプットがあることで、それらは自己組織化されて必然的に発生するナニカがあるということ。構造を与えることが本質的な動きを規定し、それが制限的でありながら、様々な可能性を広げているわけです。
 ソフトウェアの構造(ストラクチャー、フレームワーク、アーキテクチャ)も同じことですし、会社や組織(チーム、プロジェクト)における構造も同じ。それがまさに身体性なのです。

 これから間違いなく構造の持つ意味は変わってくるでしょう。アーキテクチャ論はあらゆる意味で変化を迫られるはずです。ソフトウェアの「力」(プロダクトそのものというか)というのは直接設計するものではありません。構造設計とは、あくまで場として環境の間接的な設計でしかないのです。
 そんな当たり前のことをちゃんと感じながら良い構造というの模索していたいと思います。


4778310381季刊デザイン 13
佐々木 正人 瀬名 秀明 大澤 真幸
太田出版 2006-10-07

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2006年10月22日 15:45に投稿されたエントリーのページです。

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