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クラウドはオープンでも、公共でもない

 安直なクラウド万能論はユーザーの惰眠を助長し、ベンダーの罠を推奨するに過ぎません。オープンシステムの幼年期の終わりより。

いまクラウド、そしてSaaSが注目されてきているのは、この複雑さの大半をネットの向こう側に放り投げて、ベンダの責任としてまかせることができる、しかも短納期低コストで、という点が大きな魅力になっているからです。オープンシステムのメリットを享受してさまざまな技術を組み合わせて最適なシステムを構築し運用し、それをコアコンピータンスにできる顧客というのは、それによって負わざるを得ない複雑さも解決できる大きなIT部門をもつ顧客に、これからは限られていくのではないでしょうか。

 この意見には賛同しかねます。もし、仮に、SaaSが注目されている理由が「ベンダの責任としてまかせる」だとしても、これをメディアのヒトが助長してはいけない。複雑さを隠蔽することと、自社の運営管理の責任をベンダーに移転することは意味が違います。

 ユーザーをこれ以上、甘やかしてはいけないのです。自社のシステムポートフォリオを構成し、判断するという能力は、なにも一部の"大きなIT部門をもつ顧客"に限ることはありません。中小企業も含めて、多くの企業が考えなくてはいけないテーマなのです。


 確かにクラウドは必要な発想です。それはITの社会インフラ化を示すものです。しかし、現状において「ベンダーにまかせる」というのは非常に危険な発想です。なぜなら、クラウドは社会のインフラである以上、公共であるべきなのに、その運営実体が営利企業であるということです。現在、公共性について一定のガバナンスが効くのはオープンソースだけです。リーナスがLinuxの公共性を説くことに違和感はありませんが、その他のベンダー(特にグローバル)において、公共性を説かれる筋合いはありません。

 これは、別にベンダーが悪いとか、そういうことではなくて、社会とクラウドの関係が新しいに過ぎません。クラウドの導入を真剣に考える企業の問題意識が法律、事業継続性、倫理などがフォーカスされるのは、そのためです(先日、NTTデータがBlogサービスを停止するに当たり、どのような議論があったか思い出すべきです)。

 そもそも、クラウドの実体を細かく見ていけば、その多様性は驚くばかりで、1つとして同じサービスは存在しません。「それ、クラウドで(ry」なんていうのは、まったくもって思考停止、判断放棄としか思えないのです。


 現在のクラウドは、システムポートフォリオにおける1つの選択肢に過ぎません。それがITシステム全体を包含できるような器量も度量も持ち合わせていない。「自社の中でクラウドはどう使えるのか」という考えるのは健全ですが、「この際だから、全部クラウド」というのは"責任放棄"です。繰り返します。これはリスクマネジメントではありません。責任放棄です。

 そして、こうしたクラウド万能論に浮かされて、考えられないユーザーが増えるほど、それを喰い物にするベンダーが増えることになります。この文章を読む限りは、その責任はメディアにあるとしかいえない。今だに、どれだけの数のオフコンが未だに企業にあるのか。中小企業が、どれぐらい喰い物にされてきたのか。その歴史をクラウドで繰り返すなど、あってはならないことです。

 クラウドが中小企業の味方になるとなると思うからこそ、その実体について綿密な分析と、運営事業者に対するオープン化と公共化への強い要求をすべきなのです。その点を、メディア側の人間が提示できなくてどうするのですか。


単にオープンであればよかった、という幼年期の時代から、これからはオープンでありつつも複雑さを解消し、あるいはほかの製品群と容易に統合可能なアーキテクチャに沿った方法で製品やサービスが提供される時代

 その通りです。独立したシステム意味はない、囲い込みは価値ではない、ロックインは価値ではないという常識を作らないと。そして、ユーザー側も、騙されないだけのリテラシーを身につけないと。


 僕自身、クラウドというコンセプトには非常に期待しています。コンピューティングパワーの集積は規模の経済性、エネルギー問題、セキュリティなどを包括した大事なテーマです。そして、この記事に書かれているように、いつの日か「適切な責任分担」が出来る日が来て欲しいと心から願っています。

 そのためには、クラウドサービスを提供する会社に言い続けるべきなのです。オープンであれ、公共であれと。

 そのために安易なクラウド万能論は避けるべきです。ましてや、「もうめんどくないから、クラウドにまかせちゃいなYo!」なんて、気軽なメッセージは発信していただきたくない。記事を書かれた新野さんは、背景にベンダーからの広告出稿とか、そういうのはないと思います。であるなら、もっとクラウドの可能性を広げていただきたいし、エンドユーザーのエンパワーに注力していただきたい。

 本格的な企業システムには、たかだか20-30年の歴史かありません。まだまだ、いつ崩れるか分からない石積みの家です。だから、そこで暮らすにはそれなりのノウハウがいる。しょうがないです。そういう時代なんだから。それを忘れた安易な技術万能論には違和感を覚えずにいられません。

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コメント (4)

Yos:

こんにちは、記事楽しく読ませていただきました。
単に技術としてのクラウドという見方以外に、営利的ビジネス的な切り口でのクラウド、
或は国際政治的な意味でのクラウドというのは面白いですね。
これらが介入している以上、ある特定の企業や政治(2つが絡んでいる場合もある)の意思が働くのは
当然だと思います。
クラウドという技術、もしくはgoogleやその他の企業に対して、各種メディアがどのように扱っているか?
注意深く観察すると、単純に技術的側面以外の意図を読み取れるかもしれませんね。

新野です。まずは言及ありがとうございます。記事にこうしたきちんとした形で言及していただけるのは嬉しいです。2つほど返答させてください。

>自社のシステムポートフォリオを構成し、判断するという能力は、なにも一部の"大きなIT部門をもつ顧客"に限ることはありません。中小企業も含めて、多くの企業が考えなくてはいけないテーマなのです。

この点については基本的に賛成です。企業経営の手段としてITを使いこなせない顧客は競争に勝てないことは明らかで、使いこなすためにITのポートフォリオを理解し判断する能力はすべての顧客に必要だと思います。

ただ、もしかして考えが異なるのではと想像するのは、じゃあ仮想化やVLANやストレージやSaaSのアーキテクチャといったポートフォリオの全レイヤの知識にまで手が回るのは、それなりのIT部門をもてる顧客だけが現実的には可能になるだろう、と予想している点です(そこまで考える必要はない、と申しているのではなくて、そうならざるを得ないだろうと)。一方で優先度が高いと思われる、たとえばビジネスプロセスを実現するのにどういう業務アプリを揃えるか、カスタマイズするべきか。あるいは変化に対応するための柔軟性はどういった方法で担保するか、といった部分はすべてのIT部門と経営が考えるべきと思います。

>そのために安易なクラウド万能論は避けるべきです。ましてや、「もうめんどくないから、クラウドにまかせちゃいなYo!」なんて、気軽なメッセージは発信していただきたくない。

この点もおっしゃるとおりで、弁解させていただくなら、この記事はクラウド万能論を展開するつもりで書いたわけでは全くなく、「なぜいまクラウド/SaaSへの注目が集まるのか。なぜオラクルはサンを買収したのか?」について「オープンシステムが複雑になったからではないか」という切り口で分析、解説するという主旨で書いたものです。

クラウドを推奨するようなつもりはなかったのですが、もしクラウド万能論を説いているように読めたとすれば、まだ僕の文章が足りてなかったと思います。

前述の、一部のIT部門を除けばいまの複雑なITをマネジメントするのは難しくなってきていると、という僕の理解に立っても、独立した立場でのコンサル、アドバイス、ソリューション提供というのは重要さを増してきていると思います。僕も(ささやかですが)メディアの立場から顧客やエンジニアの方々への情報提供を頑張ってやってきたいと思っています。今後もぜひ意見交換させてください。

Yosさん、コメントありがとうございます。

はい、そうですね。クラウドについては「データーセンター側で事件があった場合、物理的な現地法人管轄になる」といった分かりやすい問題があります。ただし、それが逆に意味がある場合がある(日本のアダルトサイトの大半が海外でホスティングされている)。

グローバルな世界で、社会とソフトウェアがどう付き合うのかというのは大きな問題です。そういう意図と表れてくるメディアへの働きかけなんてなのは、確かに面白い分析が出来そうですね。

新野さん、コメントありがとうございます。

新野さん自身が誤解しているとはあまり思っていません。それだけに文章にギャップを感じてエントリさせていただいた次第です。

経営は経営課題に意識を向けるべきです。ですので、ITを経営的な視点で捉えられるように翻訳する必要があります。「それクラウドで」というのは都合の良いフレーズで「これで、ITは気にしないで良い!」という逃げを作ってしまうのはまずいな、と思っています(SOAも同じですが)。

僕も複雑なITを運営しろ、とはまったく思いません。できれば気にしないでいただきたい。ですが、「クラウドがあれば、経営するのにITを気にしなくて良い」となるのはミスリードです。

なので、私も含めて、クラウドや、その他のITのもたらす意味について、経営的な課題をして情報を提供すべきではないか、と感じています。

僕の軸足はエンジニアですから、ややIT万能論に傾きがちです。その自戒も込めました。

どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。

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2009年06月06日 01:37に投稿されたエントリーのページです。

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