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エコとは何か

 デブサミの翌日は、とってもスーツな「Biz Innovation Forum 2008」にて講演をしてきました(てか、もうサイトがないんですけど)。先週からのギーク(VoIPカンファレンス2008)アーキテクト(デブサミ)、スーツ(Biz Innovation Forum 2008)の講演ツアーが終了しました。

 今回は(株)エーティーエルシステムズのチーフアーキテクトとしての講演でした。リクルートのMTL(メディア・テクノロジー・ラボ)の木村さんとのリレーセッション。資料はこちら。最近の動向を俯瞰した概念論です。


エコとは、その世界の中でのエネルギーロスを最小化すること
 資料を作るにあたっての気づきは「エコとは、その世界の中でのエネルギーロスを最小化すること」です。

 世界の中にはいろんな人がいて関係をしています。世界の中では、人々の間を関係を通じてエネルギーがぐるぐると回っています。このロスを最小化することが大事、ということです。いわゆるエコロジーでいえば買ってきたものを無駄にしないとか、どうせ捨ててしまうレジ袋を使わないとか。

 そして、その世界は閉じた世界ではありません。世界に流入してくるエネルギーが当然あって、次の世界に出していくエネルギーがある。この間もロスを最小限にすることが大事です。ぐるぐると回る世界が、より大きな視点ではぐるぐる回る世界の一部である。そういう階層化した循環モデルこそが、エコを考える上での大きなポイントになると思っています(オートポイエーシスにつながる気もするんだけど、詳しい人がいたら教えてください)。

 こういう定義にすると幅広く利用できます。経済でいえば、その経済圏の中での無駄なコストを省くことであり、ビジネスプロセスであれば、その中で無駄な作業を省くこと。


エネルギーロスとは時間をかけた成果が次につながらないこと
 エコITやグリーンITもバスワードになりつつありますかね。だとしても、その本質である「世界(環境)の中での自分」という思想そのものは、非常に大切だと思います。

 例えば開発の現場でも要件から実装という世界を考えると、そこには多大なエネルギーロスが存在する。エネルギーロスというのは、誰かが時間をかけた作業が次の人につながらない、あるいは負のエネルギーとなる(バグを仕込んでしまい、あとで修正するとか)ということです。ですから、使われない仕様書や品質を劣化させるフレームワークなどはエネルギーロスの代表でしょう。あ、プリントしても誰も見ない紙の束とか。

 こうした問題に気づくためには全体を俯瞰した視点が必要になります。仕様書を書いている人は、その作業の中で最適化された作業をしようとしています。短い時間で良い仕様書を書こうと努力をしているわけです。ところが、それが次の人に渡ると無駄として捨てられてしまう。これに気づくには仕様書を書く世界を見るだけではだめなのです。これってアジャイルやカイゼンにつなげるための大事な発想。


エコであるためには視点と構造が重要
 ですが、エコであるというのは簡単な話ではありません。極端な例ですが、リサイクルは「リサイクル作業に伴う二酸化炭素排出量が回収資源の価値を上回るため、やるほど環境に悪い」といった指摘は、より俯瞰あるいは3次元的にずらした視点として出てきたものです。どんなに良いと思っていることでも、別の視点からは悪く見えてしまう。

 でも、それでいいのです。というか、そうでしかない。世界に絶対的な問いも答えも存在しません。常に曖昧で揺れているのです。自分が盲目的に信じていたことが間違っていたなんてよくあることです。洗剤の泡が洗浄力に関係ないなんて昨日、初めて知りましたよ(ただの感覚だそうな。泡がある方が洗えている気がする。ただし、シャンプーや洗顔フォームは摩擦の調整のために大事だそうです)。

 だからこそ、自分自身が正しいと信じることを構造(考え方)として持ちながら、視点を入れ替えて学んでいく。そして、構造自身も変化させていくことをいとわないがとても大切。

 意見の対立は当然あるしコンフリクトはたくさんする。その時、謙虚に相手の視点や構造を学び、自らの中に取りこんでいくことが大事です。議論すべきは表面的な結論ではなく、その奥にある視点や構造。振る舞いは、視点(入力)によって構造を駆動したときに現れてくる結果というのが、デブサミでの國吉先生の話だと思っています。

 だから、赤か青かという議論ではなく、その色には誰の視点から何が求められているか、そこから、どのような考え方で色を導いたかを議論すべき。もちろん「僕が好きだから」でもOK。ただ、それだと多くの人を納得させて巻き込むことは難しいというだけです。


 「エコである」という言葉を大事に使っていこうと思います。

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コメント (3)

やぶれかぶれラ:

「世界に絶対的な問いも答えも存在しません」・・・・・とても心に響く言葉でした。感動しました。

ゆみこ:

はじめまして。ブログに関心しています。小学校6年の娘の卒業論文にエコをテーマに50枚ほどにまとめないといけないのですが、かなり参考にさせていただけそうです。まとめる際に抜粋させていただいてよろしいでしょうか?また、何か小学生に分かりやすい程度の参考になることがあれば教えていただければありがたいのですが・・・・よろしくお願いいたします。

ゆみこさん。返信が遅くなり申し訳ありません。どうぞ、ご利用ください。
最近は小学生でもエコなんですね。エコは「起こりうる未来」の話を想像することなので、小学生でも分かるように伝えるのはたいへんそうですね。

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2008年02月16日 16:37に投稿されたエントリーのページです。

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