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キャズムを超えて、ブログはコンテンツになった

キャズム
一応サマリをば。まず、テクノロジー・ライフサイクルとは、

新たなテクノロジーに基づく製品が市場に受け入れられているプロセスを、製品ライフサイクルの進行にともなって顧客層がどのように変遷するかという観点でとらえたもの

である。そして、その顧客層を、初期から以下の5層に分けている。

  1. イノベーター : ハイテクおたく。技術が面白そう
  2. アーリー・アドプター : ビジョナリー。その技術で、自分のビジネスが"変革"する
  3. アーリー・マジョリティ : 実利主義者。その技術で、生産性があがる、コストが削減できる。
  4. レイト・マジョリティ : みんな使っているから。安全重視、標準重視
  5. ラガード : 無関心。その技術を直接使うことはない

(詳しくは、金子さんのブログはキャズム(ハイテクの落とし穴)を越えてブレイクするのか?がよいです。図もあるし)。

そして、それぞれの顧客層ごとに考え方が違うため、次の顧客市場に移るためには、その間にあるクラック(溝)を超えなくてはいけない。特に、アーリー・アドプターとアーリー・マジョリティの間には、特に大きな溝(=キャズム)があるというのが筆者の主張だ。そして、本書は、そのキャズムを越えるためにどうするべきかということを複数章に渡って述べているのだが、選択を集中を基本にしたもので、それほど目新しいことはない。僕が思うに、もっとも大事なのは、「自分がどこにいるのか」という認識だと思う。それさえはっきりしていれば、戦略と戦術の問題であって、なぜだかわからないまま溝に落ちていくことはないだろう。ま、詳細は本書を読んで欲しい。


キャズムと組織
僕が著者の指摘でもっとも興味深かったのは、組織についての考察だ。

キャズムの両岸に位置してたがいに相容れないのはビジョナリーと実利主義者の関係ばかりでなく、ベンダーの社内にも同様の関係が発生することを認識しなくてはならない。 < 中略 > 言ってみれば、これは企業体質を開拓者から移民に変えるようなものだ。

ようするにメインストリーム市場において「ハイテク営業開拓者」はもはや必要とされず、キャズムを後にしようとしている営業部門にとっての阻害要因とすらなるのだ。
「ハイテク開拓者」と「ハイテク営業開拓者」はともに初期市場における功労者だが、キャズムを越えた後には必要なくなる。

その後、キャズムを超えるときだけに必要な役職と役割、そして開拓者に対する報酬や再配置の考え方について考察が続く。これは、暗にトップが開拓者である場合に、どこかで役割を終えるべきであることをも示唆している。ベンチャー企業に勤めている人に聞くと、会社の成長で雰囲気が変わる瞬間というのがあるらしく(残念ながら、僕自身は体験したことがない)、体質の変化というのは、そういうものなのだろうと思う。逆に、ずるずると体質を引きずると、キャズムに落ちなくとも、前に進めないという状態になるのだろう。


ブログはキャズムを超えたか
さて、前段で紹介した金子さんのブログのテーマは、「ブログはキャズム(ハイテクの落とし穴)を越えてブレイクするのか?」であったが、1年が過ぎた今となっては、超えたといえるのではないだろうか。認知度も大いに広がり、もはや、ブログを技術だと考えている人はいないだろう。

もっとも大きな推進要因は、書籍での販売などが進む中での、"コンテンツ"としての有用性ではないだろうか。テレビ業界において一般人参加番組がブレイクしたときのように、素人コンテンツの発掘媒体として利用されているように感じる。また、タレントが利用することで、マルチチャネルによるアプローチに拍車がかかったようにも感じる(タレントブログの中には、事務所が更新しているとしか思えないようなものも多いそうなので)。
そもそも、ブログは"一般人のジャーナリズム"として開始されてわけで、このような商業主義が強すぎる使われ方には、アーリーアドプターとしては苦々しい(?)思いがあるものの、これこそがキャズムの断絶であろう。僕には、ブログがコンテンツとしてキャズムを超えると断言する力はなかった。むしろ、技術的なCMS論からの考察しかしておらず、残念ながらキャズム理論失格である。
もう少し、キャズム論的に見ると、MovableTypeのようなツールが、Niftyのココログ(2003年12月)とOCNのブログ人(2004年3月)として採用され、積極的に広がったあたりが"ホールプロダクト"の拡充期にあったと考えてよいだろう。その後、サイバーエージェントアメーバブログのように、コンテンツやマーケティングツールとしての利用を前面に押し出したサービスが出現したことで、「何のためにブログを使えばいいか」という点について、アーリーマジョリティがその品質と価格に満足するにいたったわけである。

ちなみに、このブログに取り上げたものの中で、キャズム論的な注目は、やはりSkypeだろうか(Skype APIをJavaから使う)。IP電話自体がキャズムにはまっている感がなくもない中、無料のP2P電話であるSkypeは、有望な"キャズムを超えるかどうかわかんないけど面白そうなもの"である。ま、僕の食指が動くということは、まず、間違いなくキャズムを超えていない(だって、いまさらブログなんて、恥ずかしくて始められないと思う)。


まとめ
ブログの話に寄ってしまったが、キャズム論は、ハイテクに限らず広く適用できる分かりやすいものだ。大切なのは、いざ自分がその立場になったときに、いかに忘れないでいられるかである。「己を知れば百戦危うからず」とはよく言ったものである。人間は何千年も同じ悩みを抱えているわけだ。


キャズム
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2005年01月27日 21:30に投稿されたエントリーのページです。

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