ソフトウェアのデザインパターンといえば、GoFをはじめ、数多くの種類が存在する。J2EEパターンのようにJavaの環境に特化したものもある。このパターンという考え方は、建築家であるクリストファー・アレグザンダー氏が考案したパターンランゲージが元になる。クリストファー・アレグザンダー 建築の新しいパラダイムを求めてという本には、アレグザンダー氏がいかにしてパターンというアイデアにたどり着き、そして、さらに発展させていったかという過程を追った本だ。これを読んで、デザインパターンが本当に必要な部分に気づかされた。
彼がパターンにいたるために最初に書いたのが博士論文「形の合成に関するノート」だ。その中で、こう述べられている。
よいデザインの家は、コンテクストにうまく適合しているだけなく、コンテクストが何であるかをはっきりとわかるようになっている。
この場合のコンテクスト(文脈・流れ)とは、その家に住む人の生活と言い換えても良い。そして、この"よいデザイン"に特定のパターンや基本構造が存在するのではないかというのが、彼の出発点だ。そして、この論文の最後にこう書かれている。
私の課題は、問題のパタンとその解答を導くデザイン・プロセスとの間にある深くて重要な構造的対応関係を示すことであった。過去における偉大な建築家は。問題とプロセスの間のパタン化された類似性に気づいていて、この構造の類似性の感覚こそが彼らを偉大な形のデザインへと導いたのだと、私は信ずる。
つまり、コンテクストから、一定のパタンを導き出すためのデザイン手法について、彼の興味がフォーカスしていくのだ。
なお、彼が目指している建築は、パターンという言葉から想像もできないほど豊かなものだ。たとは、彼はコルビジェなどの「人が存在しない建築」を批判していた。コルビジェの建築は「単体の建築物」としての芸術性には優れていたが、環境に溶け込み、人が住む「家」としては、考えられていないというのが批判点であろう。逆にノルウェーの民家や伊勢神宮のような純粋で素朴で、環境にマッチした建築を求めていたのだ。
彼が主張するように、家が生活(コンテクスト)をあらわすのであれば、同じ生活をしている人間などいないわけだから、そこから生まれるべき家は、もちろん固有になるべきなのだ。彼が言うパターンとは、生活から家を作るためのデザインプロセスといってよいだろう。もちろん、パターンは固定的なものではない。むしろ、そのコンテクスト特有のパターンを定義し、そのパターンに沿って建築は進められた。
そのため、彼は家は育てるものだと考えていた。ビックプロジェクトで一気に作るのではなく、基本的な構造ができから、そこから小規模な投資を繰り返し、コンテクストにあわせて成長させていけばよいと考えている。そこには、ユーザー参加というキーワードもある(彼は、この理論のために、どういった投資モデルが良いのかといった財政に関する研究までしている)。
この後、この研究は「パターン・ランゲージ」の完成によりいったん終結する。ところが、そのパターンを使った建築を作っても、それは彼が目指すような豊かで美しい建築ではなかった。ただパターンを適用した家と、彼が目指す家の間には、なんらかの違いがあったのだ。それを"名づけえぬ質"と称し、今度は、それを追い求めていく。
そして、この"名づけえぬ質"のキーワードが"一体性(ワンネス)"であった。これは、空間の全体感とも言うべきもである。つまり、パターンを局部的に用いていたとしても、家全体としてのまとまりがなければ、それがよい建築とはいえないということだ。その研究で見出されたのが12個の幾何学的特性であった。この幾何学的特性こそが、パターンを形成し、そしてパターンの組み合わせる部分に現れてくる。
さて、ここで上の文章を、もう1度読んで欲しい。ただし、建築や家という単語をすべてソフトウェアに置き換えるのだ。そうすれば見えてくるはずだ。ソフトウェアもまた、ビジネスのコンテクストに沿っているべきであり、個別に成長させなくてはいけないものなのだ。そして、僕は現状のデザイン・パターンを否定する。あれをアレグザンダー氏の定義するパターンを同意に扱うことはできない。もっと、本質的で、そして、ビジネスそのものを具現化するようなものではなくてはいかないのだ。
実は、この本を読んだのは、実行可能な知識とソフトウェア(8) 建築家の視点、アーキテクトとしての共通認識がきっかけだ(こちらも読んでもらえると、より詳しく理解できると思う)。メタボリックスの上田氏は、
本当にこんな話がソフトウェア・アーキテクトに役に立つのかどうかすら分からない。
といわれている。僕の直感でいっても間違いなく役に立つし意味もある。そして、上田氏と同じ疑問にたどり着く。
ソフトウェアにとってこの「幾何学的特性」とは何を意味しているのだろうか?
これは、僕にとってのテーマともいえるものだろう。僕はエンジニアとして大成したいとは思わない。ただ、スーツとギークとデザイナーが、同じ言葉で会話し、同じ目的に向かって努力出るような場を作りたい。"ソフトウェアにとっての幾何学的特性"が、キーワードになるのは想像に難くない。見つけてみたいものだ。

コメント (1)
クリストファー・アレグザンダーが設計した東野高等学校の建築過程を撮影したドキュメンタリー映画「東野を翔る」が11月30日に日本子守唄協会ララバイスタジオにて上映されます。ご参加をお待ちいたしております。
投稿者: 岩倉栄一 | 2006年10月31日 18:32
日時: 2006年10月31日 18:32