「300年ぶりの著作権のパラダイム・シフトが起きている」――経済産業省 村上敬亮氏より。
もともと著作権は,著者ではなく印刷業者などの流通業者を保護するために作られたと指摘する。「かつては印刷機やレコードのプレス機にはリスクを負った多額の投資が必要であり,大量複製の手段がナロー・パスだった。そのような状況では,著作物を広く行き渡らせるためには,複製業者を保護し,再投資を促進することが合理的な方法だった」(村上氏)しかし,これまで流通業者が所有してきた大量複製の手段がインターネットにより万人に開放され,著作物を届けるために必ずしも資本や流通業者が必要ではなくなった。そのため,現在様々な矛盾が発生している。例えば,音楽家は自分の演奏を自由にインターネットで配信することはできない。流通業者が“既得権者”となり,著作物の配布を妨げるような状況が起きている。村上氏は「300年にわたる著作権制度のパラダイム・シフトが進行している」と表現する。「このような状況下でいたずらに知的財産権を強化することは既得権者を保護することになる」(村上氏)
まさに。クリエイティブコモンズの概念も、これと同じ。
新しいパラダイムのもとでは,著作物の価値は作り手だけでなく,著作物を発見し取り上げる読み手によっても作られるようになる。すなわち「インターネットでは読み手がリンクを張るという行為が,コンテンツの価値を高めている」(村上氏)。コンテンツの開発と利用は継ぎ目なくつながっていく。オープンソース・ソフトウエアはそのような変革を体現しているとする。「オープンソース・コミュニティでは,ユーザーは同時に作り手であり,ソフトウエアを改良していく。作り手と使い手が渾然一体となってソフトウエアの価値を高めている」(村上氏)。
ある程度のコントロールはしているけど、誰もが、自分のものであり、誰かのものであると思っているのが、非常に健全なオープンソースコミュニティと言える。Apacheでは、実現されているといえよう。
ただし,一歩進んでオープンソース・コミュニティ外の純粋なユーザーにオープンソース・ソフトウエアを普及させるためにはギャップがある。すなわち,商用ソフトウエアに対抗するための宣伝やサポートが必要になる。「そのギャップをを埋めるべきかどうかは,どのような社会制度を設計していくかの選択の問題になるが,埋めるとすれば,信託の対象として知的財産も取り扱えるよう信託業への規制を緩和し,外部から製作や流通のための投資を呼び込むことが有効になろう」(村上氏)との見方を示した。
うーん、信託になると、オープンソース製品に対して投資が集められるから、サポートの費用を稼ぎ出し、運用しながら、そこで得た収入を分配すると。
でも、難しいのは、その知的財産であるオープンソースを開発した開発者に対しての分配。普通の投資対象と異なり、価値を上げる人というのが明確に存在するわけだけど、そこに利益をまったく返さないのも問題だろうな。
現在は、完全に無償で作業しているか、あるいは企業がお金を出して、それをどこかで刈り取っているという、若干不透明なモデルで成り立っている。だからこそ、開発者に対する還元というのがなくても、かなり健全に運用できるわけだ。
Apacheも寄付という形でしたお金を集めていなくて、直接的なリターンを求めるお金が嫌がっていると思われる。しかし、Apacheは、既に大きくなりすぎていて、なんのリターンも考えずに、お金や人を出している状況ではないだろう。そういう意味では、リターンが不明瞭ながらも信託を運用しているともいえるわけだが。
オープンソースの力の原点は、やはり、無形の「知識」「名誉」みたいなものだという建前な以上、金融商品にするのは、相当難しいように思う。お金を善意の微妙なバランスが、オープンソースの健全な形なのかもしれない。
